EPISODE
内山店長の憂うつ
こちらのエピソードは語り音声をお聴きいただけます。
どうも金銀財宝☆只野編隊でございます。
コンビニ夜勤を30年以上続けていて16~17店舗、店長の人数でいうと30名以上いましたね。スタッフさんなんていったら、もう500人ぐらいいたんじゃないかな。もう名前も忘れてしまいましたけれどもね。
今回は、そんな店長さんのお話。
店長さんといってもいっぱいいましたから、気の合う方もいたし、気の合わない方もいました。気の合う方のほうがやっぱり覚えていますね。けんかをして辞めちゃった店もありましたからね。でも、大体店長なんていうのはね、いい人でないとね、まずお店が回んないです。その中でもね、今から15~16年前ですね。中野区は沼袋にあったサンクスというコンビニでのお話です。
そのときにいた店長が内山店長というんですね。当時26~27歳かな? 若かったですね。若くて、最初はスタッフとして来たんですが、途中から店長になりますという感じでした。本部直営の方でしたね。この方は役者とか芸人さんとかミュージシャンにとても優しい、理解力のある店長でしたね。特に芸人さんには『僕は好きですから、芸人のこと。』と言っていましたね。芸人って、急にオーディションとかライブが入るんですけど、嫌な顔もせずに、自分の休みの日だったら代わりに入ってくれるような、本当に理解力のある店長でしたね。その内山くんが、何かおかしなこと言い出したんですよ。
私の名前、佐藤というんですけれども
「佐藤さん、この店ね、ちょっともう耐えられないですよ……。」
「え? どうしたの?」
「あのね、訳が分からないお客さんがいるんですよ。」
「へえ。いやいやいや。あのね、僕、内山くんよりも先にこの店にいるけれども、夜勤やっているけど普通だよ。というか俺は慣れちゃったし……。」
みたいな話をしていたんですよ。
そしたらね。私が夜勤を終わって、入れ替わりでオープニングスタッフの鈴木さんという主婦の方がいらっしゃって、その方が
「佐藤さん、聞いてください。内山店長が、この前おかしかったんです。」
「何々? どうしたの?」
「いきなり『鈴木さんごめんなさい。あの、ちょっとすみません。ちょっと店を出ます。近くの公園に行ってきます。』って言って、2時間帰ってこなかったの……。」
「ええ?」
「でね、帰ってきたら、何か目から涙が出たような感じで帰ってきたの。」
「え? 何それ?」
「分かんない。」
という話を主婦の鈴木さんから聞きまして……。
その後、入れ替わりで内山店長になったときに
「内山くん、ちょっと鈴木さんから聞いたんだけど、何があったの?」
と聞いたんですよ、直接ね。そしたら内山店長が
「佐藤さん、聞いてください。前から言っていたんですが、別にね、お客さまからクレームがくるわけじゃないんです。ただ、ちょっと理解不能な……。何ていうか、言動の多い方が多くてですね。それが何ていうんですか? そのジャブのように喰らっていくとですね、だんだんだんだん心がおかしくなっていくんですよ。でね。その日ね……。」
「うん、どうしたの? 内山くん、その日何があったの?」
「あの、昼過ぎですか? お客さんがいなくて、発注をしながらレジに立っていたんですよ。そしたら35~36の女性かな? スケートボードを片手に持って、片方の肩には犬のぬいぐるみが入っている手提げバッグを掛けた女性が店に入ってきたんですよ。」
「うん。」
「でね『いらっしゃいませ』って声を掛けたんですが、スケートボードを店の床に置いて、店を一周してきたんですよ。しゃあしゃあ。しゃあしゃあ……。」
「はいはい。で?」
「でね、レジに来るのかと思ったら、店の入り口まで行って、犬のぬいぐるみを叩いたんですよ。」
「うん。」
「そしたら、その犬のぬいぐるみが『ワンワン、ワンワン』って鳴くんですよ。」
「ああ、叩くと鳴くようなぬいぐるみだったんだ?」
「そうです。そしたら、その女性が急に『鳴くのはやめなさい! もう、だめでしょ!』って言って、スケートボードを抱えて、そのまま店から出て行ってしまったんです。ポツンと僕は店内に一人残されて……。今のは何なんだ? どう理解すればいいんだ? と思って……。そしたら、今までのいろんなものが溜まってきて、何か涙が出てきて……。それで鈴木さんに『ごめんなさい。ちょっと表に出て、公園に行ってきます。』って言ったんです。」
ということだそうです。
ああ、なるほどね。僕もね。何て答えていいか分からなかったですね。ええ……。
という、内山店長の憂うつというお話。
おしまい。