EPISODE
2度のNHK紅白出場
先月1月に、田舎でのいろんなお話をしたんですけれども、そのときに話せばよかったなというのを後から気付いて……。お正月に実家で家族と一緒にいて、久しぶりに紅白歌合戦を観たんですよ。姪っ子の好きな歌手が出るということで、付き合ってみんなで観ていたんですよ。
以前ちょこっと言ったかもしれないけど、私、紅白歌合戦に出演しているんですよ。実は私、2000年と2001年の2回、NHK紅白歌合戦に出場しているんです。これを1月に話せばよかったなと思ったんですけど、忘れていまして……。今、軽くお話しますね。
2000年と2001年。もう結構前ですね。当時、私は役者だったんです。青年座と「アドシアター」という小劇団に籍を置いていたんです。青年座に行く前、アドシアターという劇団に所属したいたんですが、そこに副リーダー的な、舞台を作ったりお芝居もする岸部くんという男の子がいたんです。その岸部くんというのが、皆さんご存じかな? 俳優の岸部一徳さんの甥っ子さんです。私はその人の劇団にいて、仲が良かったんです。岸部くんはテレビ関係者と仲が良くて
「佐藤ちゃん、ちょっとおもしろいバイトがあるのよ。」
「え? 何ですか?」
「ちゃんとお金も出るし、紅白歌合戦に出てみない?」
と言われたんですよ。
「え? 紅白歌合戦って、あのNHKの?」
「そうそうそう。どう?」
「やるよ! 紅白歌合戦なんて、一生に一度あるかないかの経験ですから。」
ということで引き受けたんですね。
詳しく言っていくと、美川憲一さんという歌手がいらっしゃいますよね? 当時すごかったですよ。今もすごいですよ。何か、イリュージョンを見せ物にしていたんですね。美川憲一さんと小林幸子さんが張り合うという、盛り上がりの紅白歌合戦のときですよ。私は、美川憲一さんの班で、イリュージョニストの引田天功(二代目)さんが演出を手掛けていました。岸部くんはテレビ関係者とつながりがあったことと、一般人じゃなくて、役者とかミュージシャンみたいな感覚がある方がいいんじゃないかということで私に声が掛かって、出ることになったんです。
2000年は巳年で、イリュージョンが巨大な龍、蛇なのに大蛇だったね。
2001年が午年で、巨大なペガサスのイリュージョンだったわ。そこにマジシャンも加わるのかな? あまり言ってしまうとダメなんでしょうが、もう20年以上前ですから、いっぱい話しちゃおうかと思っています。
美川さんの曲が流れている間に引田天功さんのイリュージョンをぶっこむという……。美川憲一さんが歌いながらイリュージョンに臨むという企画で、私はそのお手伝いとしての出演でございます。イリュージョンをするには、手伝う人がいますよね? 何か中国人みたいな格好をさせられて、音楽を聴きながら、短い時間でイリュージョンを見せるということです。NHKというのは生放送ですから、ミスは絶対に許されません。2か月ぐらい前から、どこかの倉庫を借りて猛練習しましたよ。当時はCDではなくカセットテープで、家で曲を何度も聴いて、タイミングを体に叩き込んで……。これで2年間挑んだね。
2000年の頃は、生放送だから舞台裏がすごいのよ。あの方々は日本一のスタッフなんだろうね。もうお祭りというか戦争だよね。「あー、こっちこっちこっち」って言って、もう時間との戦いだから。このときは小林幸子さんもイリュージョンぽくて、何か裏方同士でマジでケンカしあっているんだよ。それで、本番になります。本番で美川さんが出る前にイリュージョンの道具を見張るということをやるのよ。
「何で見張るんですか?」
と聞いたら
「あっちの敵のほうがいたずらするとか、いろいろいじってくるから。」
「え? これマジなんですか?」
「本当に何があるか分からないからね。」
これは天功さんではないですよ。天功さんは1回も見たことはなかったです。天功さんの右腕の方が仕切っていたんです。まあ、天功さんが出るわけではないからね。そんな感じで見張りを何回かで分けるんだね。ただ、ラッキーだったのは、2000年のときは「ザ・ドリフターズ」の皆さんが出演されたんです。僕は見せ物の大きな蛇の前で立っているんですけど、ザ・ドリフターズの5人が見学に来るんですよ。やっぱり芸人さんというのは、皆さん興味を持って見に来るんですよ。もう30~40cmの距離で、志村さんとか、いかりやさんとか、加藤茶さん、中本さん、高木ブーさんを感じることができました。今はしがない芸人をやっていますが、そのときは役者でしたから、それはおいしかったですね。あと、2000年か2001年か分からないけど、浜崎あゆみさんがベニヤ板に囲まれて着替えていましたね。2001年は吉本興業のトップの方々、売れっ子の方々が「明日があるさ」で出ていました。やっぱり、まさに芸人さん。巨大なペガサスの前に寄って来るんですね。僕は次の年も立って見張りをしていましたからね。ダウンタウンさんとか、西川きよし師匠とか、私の目の前に売れっ子の吉本芸人の方々が皆さん寄ってきて、近距離で
「お疲れさまです。」
とか言ったんですね。いい思い出でしたね。あややとかも出ていたな。吉本の先輩の藤井隆さんも「ナンダカンダ」という曲で出ていましたね。NHKの食堂に行くと、一人でポツンとたぬきうどんを食べている姿を見かけましたね。誰もいないんだ。寂しそうだなと感じた思い出がありますね。藤井隆さんには、あらびき団のときにお世話になりました。ありがとうございます。
長く生きていると、いろいろとやってきたなと思い起こしますね。
それで、2000年と2001年に私が紅白歌合戦に出演したって言いましたよね。たぶんYouTubeなどで美川憲一さんの映像を探せば見られると思うんですよ。2年間でトータル5秒。画面の右か左のどちらかに立っているのが僕です。
ということで、2年間で5秒、NHKの紅白歌合戦を経験したというお話でございました。ありがとうございます。
金銀財宝☆只野編隊のごきげんなラジオ
2026.2.21 O.A.より
※
2000年:辰年
美川憲一さんは「東京ホテル」を歌唱
衣装テーマは「ドラゴンに乗って年を越すラストエンペラー」
2001年:巳年
美川憲一さんは「恋女(こいじょ)」歌唱
衣装テーマは「空飛ぶペガサス」